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2025年3月のご挨拶

 今年3月、ついに50歳を迎えました。2歳で交通事故に遭い、子ども時代から何度も手術を繰り返し、全身メスをいれている私が、人生五十年というひとつの節目を迎えられたことは、ひとえに両親をはじめ、私の周囲の人の温かな支えのおかげに他なりません。改めてこの場を借りて心より御礼申し上げます。

 その一方で、悔しいことに、情けないことに、とてもじゃないけれど、自分が年相応だとは思えないのです。子どもの頃の両親、先生方、見守ってくださった諸先輩方のその頃の年齢を超えたとは夢にも思えないのです。まだまだ修行や経験、見識が足らない自分を認め、こうなったら、年相応なんていわず若いつもりで、この先の人生駆け抜けてやろうと思う次第です。

 実に幸せなことに、両親はともに健在で、ありがたく思っております。ですが、自分にとって大きな影響を与えてくれた人生の先輩方との別れがだんだんと増えてまいりました。悲しく淋しい気持ちでいっぱいになります。

 自分は子どもはいません。先祖代々受け継いできた命を引き継ぐことはできません。ですが、多くの温かい人々から支えられ、生かされてきたからこそ感じる命の尊さ、そして音楽の豊かさ、ありがたさを、微力ではありますが、精一杯、より多くの方と、特に次世代を担う若い世代の方たちと分かち合っていきたいと思っております。

 今後ともどうぞ宜しくお願い致します。



2023年1月のご挨拶

 

 新年明けましておめでとうございます。

 2022年はヤクルトスワローズセリーグ2連覇など個人的には明るいニュースもありましたが、概ね先の見えないコロナ禍、インフルエンザ、物価高、暗殺、戦争と不安なニュースが多かったように思います。特に、マスクをすることが日常化した社会で、黙食、ソーシャルディスタンスなどにより、気づかないうちに人と人のつながりがどこか希薄になってしまったように思います。指揮者にとって、人のつながりは生命線です。そういった意味でもなかなか厳しい一年でした。その中、兵庫県立芸術文化センターで定期演奏会をご一緒して下さったグリーン交響楽団の皆さん、そしてご縁を頂いてから今年で10年目を迎える化学オーケストラの皆さんとコンサートを2回することができましたことに、心から感謝を申し上げます。

 2023年は、私の実家のある地元のオーケストラ、くにたち市民オーケストラの皆さんとニューイヤーコンサートで幕を開けることができました。「天国と地獄」序曲から始まるエネルギッシュで歌心に満ちた音楽の数々を、オーケストラの皆さんと、ご来場くださった皆さんと共有できた時間はとても幸せな時間でした。私たちの心や空間の色を一気に変えることができる音楽の力をまざまざと感じることができました。特に今回取り上げた作曲家の生きた19世紀は、ナポレオンをめぐる戦争から始まり、占領、革命、コレラの流行、産業革命による社会構造の変化など次々と人々を不安が襲った時代でした。そんな現実に押しつぶされそうな人々の心を支え、夢中にさせた音楽の力は、21世紀でも健在だと強く感じました。

 4月には府中の森芸術劇場どりーむホールで、くにたち市民オーケストラの皆さんとファミリーコンサートを予定しております。ニューイヤーコンサートに引き続き、お祭りのようなにぎやかな明るさとエネルギーに満ちたプログラムです。今年こそは、コロナ禍以前の、マスクをはずして、互いの笑顔を交わすことのできる日々が戻ってくるよう心から願い、音楽の力を借りながら、心と身体の健康を大切に、一年頑張ってまいりたいと思います。

 本年もどうぞ宜しくお願いいたします。

2022年4月のご挨拶

 こんにちは、ようやく暖かい日差しが戻り、桜も一気に満開になり、コートなしに外出できるようになって、春到来を実感できるようになりました。今年は長く長く続くコロナ禍のためか、気落ちすることも多く、冬が長く感じられました。隣国で戦争が始まり、日々同じ人間同士の殺戮によって多くの市民の命が奪われているニュースを耳にするたび、平和や日常が如何に脆いものであったか改めて認識すると同時に、社会が人の良心の信頼の上に成り立っていることを実感します。不安なことばかりで現実に目を向けることが本当に厳しい時間が続いているように思います。

 そんな中ではありますが、先月、お陰様で47歳を迎えました。昨年末に網膜剥離の手術をするなど、一つ歳を重ねるにもいろいろな事が起こる年齢になってきましたが、それでも生きて多くのことを経験できることは、何ごとも「芸の肥やし」、ありがたいと感じています。また先月は様々な制約の中ではありましたが、長年音楽作りを共にしてきた化学オーケストラの皆さんと、内幸町ホールにて久方ぶりにコンサートを開くことができました。また、令和4年電気学会全国大会の特別講師として、指揮者が体験する「音楽における共感」についてオンラインでお話する機会を頂きました。どちらも、自分にとって音楽の喜びを多くの人と共有する瞬間こそが、私の心のエネルギーの源であることを実感する大切な時間となりました。

 今月4月24日(日)には、グリーン交響楽団の皆さまと、兵庫県立文化センターという素晴らしい舞台で演奏会を指揮する機会を頂きました。曲はベートーヴェン フィデリオ序曲、メンデルスゾーン 交響曲第5番「宗教改革」とブラームスの交響曲第4番という、クラシックの王道ともいうべき贅沢なプログラムです。どの曲も、最初から最後まで隙のない、歌に溢れた音楽です。オーケストラの皆さんと、そしてお客様と音楽の喜びを共有できることを、身に余る幸せと感じます。コンサート前には簡単に曲についてお話もする予定ですので、少しお早めにお出かけいただければと思います。
グリーン交響楽団 スプリングコンサート2022

 コロナ禍前のマスクのいらない日常に戻っていくこと、そして戦争が一日も早く終結することすべての命が何よりも大切にされる世界に少しずつでも戻っていくことを願ってやみません。

2021年1月のご挨拶

 あけましておめでとうございます。昨年を振り返るには、あまりにも言葉にならないことばかりで、ご挨拶をどのように書いたらいいか思案したまま、早1月も最終日になってしまいました。心の中で閉じ込めているばかりでは前を向くことすら叶わないと思い、今の心境を吐露する覚悟でここに記してご挨拶に代えさせていただきたいと思います。

 2020年は私が最も敬愛する作曲家の一人、ベートーヴェン生誕250年の記念すべき年で、さらには東京オリンピック・パラリンピックが開催される、個人的にも様々なコンサートやイベントが企画、予定されていた一年でした。しかし、まるでそれらが儚い夢であったかの如く、次々と白紙になってしまい、心のなかにぽっかりと大きな穴が空いたような一年になってしまいました。「こんなことが本当に起こりうるのか」日本中どころか、世界中の人が、そしてあらゆる世代の人が、全く同じ思いで目に見えないウィルスの脅威に震撼する事態になろうとは想像すらできませんでした。友人と食事をすることや酒を交わすこと、通りすがりの人と笑顔で会釈を交わすこと、明日も健康でいられると思うこと、日々の当たり前の生活がこんなにも脆く崩れ去っていくことに、そして日常生活を取り戻すのにまだどれほど時間と労力と様々な犠牲を費やさなければならないのか、トンネルの出口すら見えない状況に愕然としています。健康的、心理的、経済的、様々な問題が人によっては生命を脅かす状態にまで追い込まれた状況で、隔離、ソーシャルディスタンス、マスクなど感染拡大を防止するために、人と人が思いを交わし、共有することも叶わない、お見舞いすらいけない、亡くなった方のお見送りすら叶わない。くしゃみや咳ひとつに、する側もされる側も神経をすり減らす。本当に筆舌に尽くしがたい殺伐とした非常に厳しい一年であったと思います。

そんな中でも、演奏者同士の距離を取る、パネルで空間を区切る、演奏者、観客の人数を減らす、換気休憩を30分ごとにとる、体温測定、消毒を徹底するといったオーケストラの皆様の様々な工夫、努力のおかげで、音楽を愛するオーケストラの皆さんと共に、音楽への情熱の火を燃やし続ける、音楽の感動を共有する機会をいただけたことは、私の中で非常に大きな財産となりました。あらためて、2020年一緒に音楽をしてくださった皆々様に、心より感謝申し上げます。

 2020年は私にとってもう一つ悲しい出来ことがありました。中学校時代の3年間、私の担任をして下さった恩師K先生がお亡くなりになったという知らせを頂いたことです。自分が将来指揮者になってオーケストラを振るなんてまだ露ほどの想像もつかなかった小中学校時代。この9年間の先生方、友人との素晴らしい出会いが、今の自分の感性や人生観の根本を作ってくれました。特に多感だった中学校3年間を担任してくださったK先生の存在は自分には大きいものでした。

当時、私は「生きることの意味」を真剣に悩みました。人もすべての生き物も、誰もが「死」を受け入れなければならない存在。なのに、どうして生まれてきたのか。結末が「死」だと分かっていてどうして悲しみや苦しみが目の前にある日常を生きなければならないのか。明日訪れるかもしれない恐ろしい「死」をどうやって迎えたらいいのか。みなどうして平然と生きていけるのか。私は持病で小中学校時代に何回か入院・手術を繰り返ししたり、入院中小児がんと向き合う同世代の子と出会ったりする中で、自分は「15歳寿命説」を勝手に信じながら、死を恐怖として受け入れられず、生きる意味を模索していました。

 悩んでいた私に、K先生は「人には一人ひとり使命がある」とおっしゃってくださいました。「今はその使命が何かはまだ分からないだろうけれど、君には君の人生から生まれた『君にしかできないこと』がきっとある」とおっしゃってくださいました。今悩み抜いていることも、身体や心の苦しみも、人との出会いも、挫折も、人との出会いも無駄ではない、遠回りでもなにかにつながっているのだと先生は伝えてくださいました。この先生の言葉は人生の背骨のように、今でも力強く自分を支えてくれています。まだ指揮者として駆け出しの頃、何度かコンサートにもいらしてくださいました。自分にも人にも厳しい怖いK先生でげんこつを何発もいただきました。信念と優しさを併せ持った先生でした。ずっとご無沙汰してしまったK先生にもう一度きちんと御礼をお伝えしたかった。非常に無念でなりません。

 2021年、46歳になります。15歳寿命説の3倍を超えることになりました。多くの方と出会い支えられてきたおかげで、長い道のりを来ることができました。写真は小学校入学式、6歳の時の写真です。それから40年、ようやく自分の使命が見えてきました。音楽や言葉を通じて、多くの人にいただいた勇気をより多くの皆さんと共有すること、特に未来を担う子どもたちと共有していきたいと考えています。コロナ禍に屈することなく自分の使命を全うしてまいりたいと思います。

2020年5月のご挨拶


2月の高津市民オーケストラの皆さんとのコンサートではたいへんご好評いただき、3月には誕生日のお祝いメッセージもいただき、早く皆様に御礼を申し上げなければと思っておりましたが、あまりの未曾有の出来事に言葉も出ないとはこのこと、どうしても筆が進まないまま、桜の季節も過ぎ、新緑の季節になってしまいました。草木も虫も野鳥も、自然の営みは粛々とその季節のうつろいを謳歌している一方、私達人類は、春を迎える前から世界中で出口の見えないトンネルに入ってしまいました。しかもそのトンネルはいつ自らの上に崩れてくるかもわからない。その先が潰れてるかもわからない。不安のどん底のまま2ヶ月以上が過ぎようとしています。2020年新年を迎えたときに誰がこんな状況を想像し得たでしょう!


毎朝、目が覚めると、スマホでニュースを確認してしまう癖がついてしまいました。「ああ、随分怖い夢を見たな・・」で終わってほしかったなといつも思ってしまいます。新型肺炎は自分が感染者かもわからない、いつ重症化するかもわからない、いつの間にか周囲の人にうつしてしまっているかもわからない、治療方法もわからない、検査も治療も受けられるかもわからない、いつ薬ができるかもわからない、抗体が機能するかもわからない。緊急事態もいつ終わるかもわからない、何を持って終わりとするかもわからない。経済、食料受給もいつまで持ちこたえられるかわからない。右を見ても左を見ても、分からないことばかりですから誰もが不安になるのは当然です。微熱や頭痛、倦怠感だけでも「死」が脳裏をよぎるほど不安になる事態が来るなんて思いもよりません。そもそも「一瞬先は闇」、人生はまさかの連続、なにが起こるかわからないものだからこそ、今を大切にして生きていこうと思って生きてきました。東日本大震災を身を持って経験した私達は「日常」や「普段」がどんなに脆いか分かっていたはずだけれど、いつのまにか明日も今日と変わらない一日が来る、「日常」に慣れてしまっていたのだなと思います。当たり前のことが当たり前にできる。「日常」がどんなにありがたかったか、どんなにか脆いものか、失ってからいつも気づいてしまうのです。今の自分があるのも決して当たり前ではなかったのです。障害をもった自分を明るく力強く育ててくれた両親、家族、そして人生をより豊かな時間にして下さった恩師、友人の皆さん、音楽の素晴らしさを体感させて下さった音楽の師匠、そしてオーケストラの皆さん、活動を支えてくださった多くの皆さんに心から感謝を申し上げたいと思います。

私は、指揮者として、この世にオーケストラのための美しい音楽が星の数ほどあること、そしてオーケストラの皆さんと一緒に音楽をできるということがこんなにも幸せだったのだと改めて噛み締めています。指揮者は一人では音楽はできません。一緒に作って下さる方々がいてこそ、初めて音楽作りができます。リハーサルやコンサートにはどうしても「三密」(密閉・密集・密接)が音響やアンサンブルの都合上欠かせなません。(インターネット上でのアンサンブルはどうしても時差が発生します。)コロナ禍は指揮者にとってまさにどうにも活動できない事態なのです。オーケストラの皆さんと音楽づくりができるのは一体いつになるのでしょうか。この自粛・自宅待機は、感染拡大防止のために必要不可欠であることは先刻承知ではありますが、「不安や悲しみの中にいるときこそ、「音楽」は多くの人の心に勇気や慰めをもたらすことができる」そう強く信じているからこそ、非常にもどかしく、どうしても悔しい思いが溢れてしまいます。この状況がいつまで続くのか、いつまでもつのか、常に大きな不安に苛まれています。

しかし!!!不安や絶望が深ければ深いほど「魂の叫び」である「音楽」は輝きを増すのです。過去の偉大な作曲家達は、今の普通の生活では考えられないような不安や恐怖、絶望を通して、数々の音楽を生み出してくれました。わずかではありますが印象的な音楽をご紹介します。もしご興味をお持ちになられましたらぜひ聴いてみてください。stay home の一助となれば幸いです。

・1768年、当時ヨーロッパ中で大流行し致死率20~50%という天然痘にわずか11歳で感染し、一時危篤に陥ったモーツァルトは、奇跡的に命をとりとめ、治癒後自身初めてトランペットとティンパニを編成に加え、生命感溢れる交響曲第7番を書きました。

・1809年、ナポレオン率いるフランス軍に包囲されたウィーンでは、中心部まで砲撃が及び、パトロンであった貴族たちは次々疎開し収入は断たれ、住居のすぐ間近に砲弾が次々と着弾する激しい轟音と地響きの中、ベートーヴェンは地下室にこもり、決して精神は屈しないといわんばかりに力強く輝かしいピアノ協奏曲第5番「皇帝」を書きました。

・1839年、生涯を通じて肺結核に苦しみ、たびたび流行するインフルエンザにも悩まされていた(当時は治療薬なんてない!)ショパンは、療養のため訪れたマヨルカ島で高熱に苦しみ、死の恐怖にも怯えながら有名な「雨だれ」を含む「24の前奏曲」を書きました。

・1903年、「荒城の月」「箱根八里」を作曲後。念願のドイツ留学を果たすも、わずか5ヶ月で肺結核にかかり、無念の帰国をした滝廉太郎は、23歳の若さで自分の死が近いことを悟り、ピアノ曲「憾(うらみ)」を書き、言葉にならない怒りや悔しさを音楽にぶつけました。

・1918年、2歳の時、免疫系の気管支炎にかかり短命を宣告され、さらにクローン病という難病も抱えながら、美しい音楽を残した女性作曲家リリ・ブーランジェは、まだ24歳の若さで死の床につき、もはやペンも持てない状態の中、口伝えで姉に書き取ってもらいながら「ピエ・イエス」という悲しみと静けさに満ちた祈りの音楽を残しました。

・1936年、時の権力者スターリンによる大粛清によって、友人、親戚が次々と逮捕、処刑され、ソビエト機関紙で「体制の反逆者」と烙印を押されたショスタコービッチは、次は我が身という不安と恐怖の中、命がけで緊迫感に満ちた交響曲第5番「革命」を書きました。

上記にご紹介した以外にも、シューベルトやシューマン、スメタナ、シベリウスなど、深い悲しみや絶望の中で音楽を書いたであろう作曲家は枚挙の暇がありません。今のように医療も確立されていない、衛生面も治安も情報伝達も私達の生活環境とは全く比較にならないような厳しい状況下です。そうした中で不治の病、戦争、粛清などに瀕し、「死」への恐怖、不安や絶望、突き抜けた悟りのような境地などの体験を通じて生まれた音楽からは、それでも「心から溢れてくる思いを音楽として残したい」という並々ならない情熱、執念、覚悟が伝わってくるように思います。

数週間後かも知れませんし、数ヶ月後、もしかしたら数年後かもしれません、もしかしたらその前に命が尽きているやもしれません。もしそうではなく、無事にこのトンネルを抜けることができたとき、そこにはどんな景色が待っているのでしょうか?コロナ禍の前と同じような日常が待っているのでしょうか?個人でも企業でも国家でも皆、大きく傷ついています。正直、まだ想像もつきません。

今このときも、不安や恐怖の中、お仕事をして下さっている数多くの皆様、ーーー医療・介護・福祉関係の皆様、交通・輸送・販売・金融・公務員関係の皆様、農業・漁業・畜産業・製造業やゴミ収集・水道・電気・ガス・通信・インターネット・放送等、食料・ライフラインを支えてくださる皆様ーーーの奮闘のおかげで私の自主隔離生活が成り立っていることに感謝を忘れず、作曲家たちが魂を削りながら残してくれた音楽と、ベランダから見える穏やかな景色から心のエネルギーを貰いながら、苦手な引きこもり生活を送ってまいりたいと思います。最後に「三密」とは本来仏教、密教の言葉で、①身密(身体・行動)②口密(言葉・発言)③意密(こころ・考え)のことで、これらを整えることを「三密の修行」というそうです。この世界的な困難を突き抜けた暁には、力の限り、音楽によって皆様の心に癒やしや喜びをお伝えできるよう、今はじっと我慢。体力、知力、気力を蓄えて、精進して参りたいと思います。

一日も早い状況の打開と皆様のご無事を、心よりお祈り申し上げます。

2020年2月のご挨拶

みなさんご無沙汰しております。年始早々、ご挨拶が遅くなりました。今年の冬は例年にない暖かさですが皆様いかがお過ごしでしょうか?2020年、東京オリンピック・パラリンピックもあり、賑やかな一年になりそうです。特にパラリンピックは、様々な障害、病気という運命と闘っておられる方が世界中にいるということ、そしてその中で諦めなければ多くの可能性を人は見いだせるということを間近に感じられる貴重な機会になりそうです。一方で最近の地球規模の異常気象、新型ウイルスへの不安など、今まで漠然と不安に感じていたことが少しずつ現実として感じられるそんな年明けになりました。仕事や車椅子体験のボランティア活動で子どもたちに接する機会が多くなりました。子どもたちの明るい未来を作るのは今を生きる大人の務めだと思います。アインシュタインの『いかなる問題も、それをつくりだした同じ意識によって解決することはできない。』という言葉のように、危機感を強く感じられる今こそ、大胆な価値観の転換が必要なのだと思います。SDGs(持続可能な開発目標)が世界で提唱されるようになった今、2020年が良い意味で分岐点のなった、そんな一年になることをねがってやみません。

さて、2020年(令和2年)2月22日(土)午後2時から川崎市高津区にあるすくらむ21ホールで行われる高津市民オーケストラ第26回定期演奏会の指揮をいたします。(随分「2」にご縁のあるコンサートです)2011年からのお付き合いで今回、定期演奏会の指揮をさせていただくことを大変嬉しく思っております。プログラムのうち2曲はなんと、昨年化学オーケストラの皆さんと演奏した、フィンランディアと新世界です。(全くの偶然であることに驚きを隠せません!)よく指揮者が変われば音楽も変わると言われますが、それは勿論オーケストラにも当てはまります。音楽のへのインスピレーションは人と人のコミュニケーションの中から生まれます。今回、高津市民オーケストラの皆さんとどんな音楽が生まれるか、今から楽しみです。名曲ばかりの親しみやすいプログラムです。もしご都合がよろしければ、ぜひともご来場ください。

3月上旬には、東京立川の昭和記念公園で行われるバリアフリー探鳥会のお手伝いをさせていただきます。下見の様子のブログです。
ひなこのお散歩日記
バリアフリー自然探検隊
また中旬には電気学会で指揮に関する講演をさせていただく予定です。
令和2年電気学会全国大会ホームページ

音楽、自然観察、バリアフリー活動、どれも今までの自分を支えてくれた大切なものです。こうした活動を通して多くの方と知り合い、自分を通して多くの方が繋がる。それが本当に幸せなことだと感じます。人と人の出会いは世界と世界の出会いだと思います。そこにこそ、新しい世界や価値観もあるように思います。2020年も深夜バス、新幹線を駆使して全力で駆け抜けたいと思います!どうぞ宜しくお願いいたします。

2019年9月のご挨拶

まず最初に、台風15号の影響で、停電、断水等の被害に合われ、今も苦しい環境に置かれている方々に心よりお見舞い申し上げます。一日も早い復旧、普段どおりの生活に戻られることを願ってやみません。去年9月、関西を直撃し想像を超える甚大な被害を出した台風21号を西宮で経験し、自然の威力の前に人間は成すすべもなくなることを実感したばかりです(私自身は幸い被害は受けませんでしたが)。今回、私は東京滞在中に台風に遭いましたが、乗るはずだった高速バスが運休になっただけで、幸い生活に影響はありませんでした。ですが、災害を受けるか受けないかは本当に紙一重、他人事ではありません。災害が毎年のように続く昨今の気候変動には大きな不安を感じます。電気、水、ガス、通信環境などのライフラインが欠けることは、特に私のように障害がある者にとって、命に関わることになりかねません。日常の環境を支えてくれる社会へ感謝を忘れず、いざというときの準備と覚悟が必要なのだと改めて実感しました。

思えば、2019年、令和元年も早いものでもう9月になりました。台風一過、日中はまだまだ暑いものの、朝晩は随分涼しくなり、虫の音も聞こえてきました。日に日に秋の訪れを感じます。芸術の秋、食欲の秋、スポーツの秋(ヤクルトファンの私にとっては今年は少々寂しいですが・・)、そして秋は鳥の渡りの季節です。

バードウォッチングといえば、先月は、日本野鳥の会本部で、来年、東京で行われるバリアフリー探鳥会にむけて「車椅子介助研修」の講師をさせていただきました。貴重な機会をくださった日本野鳥の会の皆様には改めてこの場を借りて御礼申し上げたいと思います。

思えば小さい頃から車椅子生活で、車椅子の介助はずっと「していただく」立場の私が、「介助研修の講師」というのはなんだか不思議な気もします。ですが、自分がこれまで多くの方々に介助していただいた経験を通して、どういった場面が車椅子にとって大変なのか、そして介助の人にも、車椅子利用者にとっても、できる限り負担が少なく、より安全な介助とは何か、利用者の視点からお話することができました。

さらに参加者の皆さんに実際に車椅子に乗っていただき、車椅子はどんなことができて、どんなことが難しいのか、体験していただきました。道路のちょっとした傾きや、小さな段差、芝生の上など、普段気づかないようなものが意外に高いハードルであったりする反面、思ったより小回りがきいて、少し慣れてくると予想以上に動けるという感想を頂きました。
 
とかく障害を持つ者にとって、ただ単に「車椅子の人はかわいそう」と特別扱いをしたり、「なにかあったら困る」と無下に参加を拒まれてしまうことは大きな障壁になります。実は、車椅子でも出来ることはたくさんあります。目が見えない方、耳の聞こえない方もそうでない方の想像を超えて出来ることがあります。
確かに責任者の方のお気持ちを考えると、不安は理解できます。しかし思わぬ事故は小さいお子さんや、大人の方々でも起こりうることです。大切なことは、「何ができて何が難しいのか」、周囲の人が、そして社会が、その人の状態を把握すること、理解しようとすることにあると思います。もちろん障害のある人の側も状況に応じて、サポートして下さる方々の負担や配慮の大きさも理解することが必要だと思うのです。
お互いが知らないということが、最も大きな不安要因なのだと思います。バリアフリー探鳥会や車椅子研修を通して、様々な障害の世界がより身近に感じてもらえるような活動を続けてまいりたいと思っています。

最後に直近のコンサートのご案内をさせていただきます。
今月の14日(土)、14時から立川たましんRISURUホール小ホールにて、MFL第28回定期演奏会が行われます。ベートーヴェンとシューベルトの交響曲第1番を演奏いたします。同じ交響曲1番でもベートーヴェンは30歳、シューベルトは16歳のときの作品です。交響曲という分野は管弦楽の作曲家にとって最も大切な分野です。二人の輝かしい未来を象徴するような魅力あふれる音楽です。
是非、ご来場ください。
MFL第28回定期演奏会 詳細

2019年6月のご挨拶



こんにちは。日に日に夏の足音が近づく今日この頃、いかがお過ごしでしょうか?

10連休のGW、令和元年を迎えた頃、私は引越し準備に追われ、5月初旬に、大阪市内船場に引っ越しをしました。大阪城のお膝元で、江戸の御代から、「天下の台所」と呼ばれ、日本の経済を支えた船場界隈。実際に住んで、その土地の歴史を学ぶと驚くことばかりです。淀屋と米市場、緒方洪庵と適塾、勝海舟と海軍操練所、五代友厚と大阪商工会議所。明治維新のとき、大阪遷都が決定寸前までいっていたこと、関東大震災後の大大阪時代。船場の町は今の生活が数々の過去の人たちの営みの連続であったことを実感させてくれる町です。町並みや区画、水路や橋など様々な時代の風景を彷彿とさせてくれます。

2年以上住み、駅近で買い物や図書館も近く便利すぎるほどだった西宮北口を離れて、便利さと引き換えに増えてしまったお腹周りの肉を落とすべく、大阪の町で街歩きを楽しみながら、ダイエットに励みたいと思います。

2019年3月のご挨拶

漸く日差しも温かくなって、花も咲き始めました。東京では桜はちょうど満開を迎え31日(日)の今日は上野公園あたりは大変な人でにぎわっている事でしょう。関西はなぜか東京より開花が遅いようでこれから4月第1週に見頃を迎えるようです。3月も最後の日の更新になってしまったので、3月を振り返りたいと思います。

3月は、驚くほど多くの出会い、懐かしい人との再会に恵まれた1ヶ月でした。オーケストラやアンサンブルの練習はもちろんのこと、バリアフリー探鳥会、障害と音楽・芸術を考えるワークショップ、母校ICUでの恩師の最終講義、日野市内の中学校での車椅子体験などなど!11日にお蔭様で44歳を無事に迎えることが出来ましたが、まるでもうその日から3ヶ月以上経ってしまったような感覚です。
出会い、再会が「音楽」や「バリアフリー」というキーワードの同一線上にあり、どこか必然性すら感じる不思議な1ヶ月でした。毎年、誕生日を迎えるたびに「内面的にも社会的にも、こんな大人でよいはずがない。」と情けない気持ちになるのですが、それでもそういった方々との出会いを通して、自分の目の前にある道を、一歩一歩ひたすら進むしかない、そう改めて感じました。

そう感じたのは、自分にとって偉大なヒーローの突き進んできた姿を初めてこの目で見たからかもしれません。3月21日、東京ドームでのイチロー選手の引退試合で、長年憧れていたスーパースター・イチローの姿をはじめて生で!見る事が出来ました。(この日も小中学校時代の同級生と懐かしい再会!)車椅子席は抽選だったのですが、二日目当選する事が出来ました。うすうす覚悟はしていたのですが、まさかの引退試合となってしまいました。さみしい気持ちでいっぱいなのですが、最後の一瞬までの全ての瞬間、準備運動からキャッチボールに至るまで、その凛とした、美しい姿を実際に見る事が出来た事を脳裏にしっかり焼き付けておきたいとおもいます。

 イチロー選手の超人的な偉大さは今更私が言うまでもありませんし、とても書ききれません。18歳から45歳になるまで、日本で9年、アメリカで19年、28年という長い期間、大きな怪我もせず、日米通算4367本のヒットを重ね、もくもくとルーティンワークをこなし続け、バットやグローブを自分の身体のように大切にし、多くの人の期待に応えるプロフェッショナルとして、やらなくてはならないことをひたすら遂行してきた彼に、人間のもつ可能性や誠実さの素晴らしさを感じてやみません。
人は「人に自分の信じるメッセージを伝える」ために生きていると私は考えています。彼は自分の信念を、決してぶれることなく、一切妥協する事もなく、ただひたすら野球に向き合う姿勢で、日本だけでなく、世界中の人に伝えてきました。(勿論イチロー選手の日常を知っているわけがありません、彼のプレーや周囲の選手の敬意がそう確信させてくれるのです。)その精神力こそが、スーパースターだと感じました。東京ドーム全体がイチロー選手への思い、エネルギーは深い愛情に包まれていて、特別な空間でした。人は最終的に人の心の中でずっと生き続けることが出来る事を実感できる瞬間でした。

人生は一度きり、享楽主義の自分には、尊敬してやまないイチロー選手のようなストイックなスタイルは向きませんが、それでも今、自分があることに感謝を忘れず、自分の信じる道を、自分の信じる方法で、自分の信じる方向に歩み続けて行こうと思います。

2019年2月のご挨拶

先日年が明けたと思ったら、早くももうひと月過ぎてしまったのですね。あらためて年を重ねるごとに月日が経つのが早くなることに実感を覚えてしまいます。
子供の頃は一日、特に給食までの午前中を長く感じていました。入院中などはそれこそ一日が永遠に続くかと思ったものなのに。なぜそんな感覚を覚えるのか、調べてみると、どうやら記憶力の減退と代謝の減少に原因があるようです。

どちらもかなり身に覚えがあります。前者はもう随分前から自覚がありますが(汗)、後者はつい最近自覚するようになりました。

最近、体調は悪くないはずなのに、どうにも体が重く感じるのです。普段軽くのぼれていた段差や坂道が異常に辛い・・・・・。
最初、なにか悪い病気にでもかかっているのではないかと思っていました。どうやら違った事が先月判明しました。

長年62kg前後をキープしていた体重が、先月かなり久しぶりに計ったら69kg!62kgでも私の体格だと太り気味だったのに。。ショックです。(言い訳になりますが、立てない人は体重を計るのが難しいのです。車椅子専用の体重計なるものがあります)

たまに外食すると、以前は普通に食べれていたはずの量が多く感じるようになっていたました。
食が細くなったのに、身体は太くなるってどういうこと!!?
人生の楽しみは人との出会いと音楽と美味しい食事と信じる自分にとってこれは大変悲しい状況です。

嘆いてばかりもいられません。大切な時間が更に過ぎ去ってしまいます。
記憶力向上と代謝の回復、どちらにも効果があるのがやはり「運動」のようです。
人間の一番大きい筋肉、太ももの大腿四頭筋やお尻の大臀筋を使う事のできない私にとっては、なかなか難しい問題ではあります。足の代わりになる腕の筋肉や大胸筋を鍛える、有酸素運動を取り入れるなどして、まずは体重だけでも昔を取り戻したいと思っております。

2019年1月のご挨拶

明けましておめでとうございます。

皆様には、健やかに新春を迎えられたことと、お慶び申し上げます。
お蔭様で関西で迎える新年も6回目になりました。
昨年中も日頃から温かく支えて下さり、機会を頂いた公演を全て無事に終えることができました。あらためて心よりお礼申し上げます。
本年も、作曲家の皆さんがエネルギーを削って楽譜を残してくれたことに感謝を忘れず、1回1回のリハーサルにおいて、オーケストラの皆さんとより深い共感、達成感持つことが出来るように、「心・技・体」の全ての面での向上に尽力して参ります。中でも全ての基本になる「体力」をつけていかなければと思っております。

先月も機会をいただきましたが、小中学校での車椅子体験授業での講演活動も更に進めてまいりたいと思います。次世代の若い人たちに、相手の目線に立とうとする努力の尊さと難しさを伝えていきたいと思っています。

それは音楽でも同じ事で、楽譜の解釈や、演奏でアンサンブルで互いの息を合わせること、そして演奏会においてお客さんと演奏者が音楽を通じて一体感を持つ幸福な時間にも通じると思います。

2019年も宜しくお願い申し上げます。

2018年1月のご挨拶

大変、遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。皆様いかがお過ごしでしょうか?年始早々、心機一転散髪に行ってまいりましたが、かなり大胆にばっさりいってかなりスッキリした(少々寂しい)感じになっております。

2013年7月にお蔭様で関西に引っ越して今年で5回目の お正月を迎えました。ほぼ毎週、平日は関西、土日は関東、週に2泊は夜行バスの生活も5年目に突入しました。最初は相当しんどいのではないかと不安だった時期もありましたが、それぞれの風土や歴史、自然、食べ物、そして多くの人との出会いと音楽作りを楽しんでおります。近年は月1回愛知県に伺う機会も得て、充実した日々を過ごしています。本当に恵まれた贅沢な人生だと思います。思えば、高速バス、新幹線、レールや高速道路の整備などいつでも安全第一で最善を尽くして頑張って下さる多くの方がいらっしゃるからこその生活、感謝の気持ちを忘れずにいたいと思います。

振り返ってみて2017年は、自分にとって怒涛の一年でした。
1月8日(日)の高津市民オーケストラの皆さんとのニューイヤーコンサート。舞台の上までお客様にお座り頂くほど多くの方がご来場下さり、シューマンの交響曲第1番とシュトラウスのワルツやポルカを楽しみました。シュトラウスファミリーの音楽は軽やかで華やかで演奏する人の心も聞く人の心も一瞬で虜にする力があると思います。留学中にウィーンフィルのニューイヤーコンサートのリハーサルを見学して憧れをていたニューイヤーコンサート!高津市民オーケストラの皆さんと迎えられてとても幸せでした。演奏会後のオケのメンバーやお客様の笑顔がとても印象的で、音楽は人を幸せにできると強く実感いたしました。

3月18日(土)は慶応大学日吉キャンパスで行われた日本化学会の学会の会場で化学オーケストラのコンサートがありました。モーツァルトの魔笛、ベートーヴェンのコリオラン序曲、シューベルトのロザムンデ序曲、そしてJ.シュトラウスⅡの喜歌劇「こうもり」序曲という実にもりだくさんのプログラム!短い曲も一つ一つ起承転結、こめられたドラマがあり、作曲家ごとの語法やふさわしい響きがあり、難しいながらもとてもやりがいのある充実したコンサートでした。それぞれの作曲家の素晴らしさを再認識できたコンサートでした。

9月はコンサートの本番目白押しでした。
3日(日)大阪市民管弦楽団の皆さんとザ・シンフォニーホールという夢の舞台で、ウェーバーのオイリアンテ序曲、ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」、そしてチャイコフスキーの交響曲第4番という燃え上がる炎のように熱いプログラムに挑みました。大阪市民管の皆さんとの始めての本番、しかも難曲のチャイ4!2週間前くらいから今まで経験した事がないくらい緊張を感じておりました。しかし、当日リハーサルの時、オイリアンテの最初のTuttiがホールに響いた途端、これまた経験した事ないくらいの幸福感に包まれました。本番もオーケストラの素晴らしい集中力と熱意、そして多数ご来場してくださったお客様の集中力は作り出す静寂の緊張感、すべてが一つになって作り上げた「苦難を乗り越えて歓喜へ」至る音楽を作り上げられたことは、私の音楽人生において忘れえぬ経験になりました。

16日(日)には私が創立から深く関わっているホームグラウンドともいうべきMFL管弦楽団の皆さんとのコンサートが小金井の宮路楽器ホールで行われました。
ブラームスのヴァイオリン協奏曲とドヴォルザークの交響曲第8番という哀愁漂う名曲プログラムでした。ヴァイオリンソロの佐々木綾さんの生き生きとしたソロがオケ全体に活力を与えてくれていたように思います。多くのエキストラの方々にもご協力いただき、歌に溢れたドヴォルザークができたように思います。メンバー個々の頑張りや進歩は目を見張るものがあります。さらにオーケストラ全体を盛り上げていきたいと思っています。

翌17日は愛知県一宮市で、響愛学園と桜花学園、一宮太鼓のみなさんとの笑顔とエネルギー溢れるコンサートでした。和太鼓と篠笛とオーケストラの共演というのはオケにとっても、太鼓の皆さんにとっても、そして私にとっても初めてで、想定もしないような様々な挑戦がありました。ですが「本番に向けてよい音楽をしたい、楽しみたい!」というひとりひとりの気持ちが、練習を通して一丸となって、本番はとても良い音楽になったと思っています。船本孝宏、池本詩織両氏に編曲頂いた音楽も素晴らしくコンサートは大変盛り上がりました。

10月21日には日経ホールで行われた千代田区オーケストラフェスティバルで化学オーケストラの皆さんとの「魔弾の射手」序曲とブラームス交響曲第2番を演奏しました。化学オーケストラの皆さんとは初めてお会いして5年ほど経ちました。
化学オーケストラの皆さんの熱意は素晴らしく、コンサートを重ねるたびに、オーケストラの音色の幅やアンサンブル力がめきめきと上がってきました。一昨年のチャイ5に続いて去年のブラ2も音楽の喜びを表現できる素晴らしいコンサートになりました。

去年の締めくくりは、11月26日には羽村フィルの皆さんとのファミリーコンサートでした。羽村フィルの皆さんとは2010年から下振りとしてお世話になったオーケストラで、今回初めて本番の指揮を任せていただき大変感慨深いものでした。前半はオーケストラの楽器紹介やアンサンブルの魅力について紹介する企画、後半はベートーヴェンの交響曲第6番「田園」でした。私個人としては、田園はベートーヴェン9曲の交響曲の中で最も繊細で、テンポ感やリズム、音色、どれをとっても音楽にするのが一番難しい曲だと思っています。リハーサルの中で統一したイメージを持つまでに様々な困難にぶつかりましたが、皆さんの熱意と努力で乗り切って一丸となった演奏をすることができました。

去年一度も更新できなかったので2017年の振り返りをさせていただきました。さらに千里フィルハーモニア・大阪、くにたち市民オーケストラ、METT管弦楽団、TBSKオーケストラ、福祉の管弦楽団まごころの皆さんとのリハーサルもさせていただきました。大変多くの方と音楽を共有させていただけたことに心から感謝をしたいと思います。ありがとうございます。

今年はどんな出会いが待っているか、どんな音楽作りができるか、楽しみです。去年からコリオラン、運命、田園とベートーヴェンを演奏する機会が多かったのですが、今年も化学オーケストラの皆さんとベートーヴェンの交響曲を取り組むことになっています。ベートーヴェンの音楽は、小中学生のとき何度も精神的な危機から救ってくれた音楽であり、高校時代に深い感動をもたらして指揮者を目指すきっかけにもなった、私のレパートリーの中でも中核となる大切な存在です。
改めて真正面から取り組んで常に新しい発見をしていけたらと思っています。

新たな事にもチャレンジしていきたいと思っています。40歳を過ぎ、人生も半ばを過ぎました。今までは教えていただくばっかりでしたが、これまで培ってきた指揮のテクニックやコツを必要としている方々にお伝えしていきたいと思っています。指揮をする事の難しさ、そして面白さ、ありがたさをお伝えする事ができればと思っています。無論、自分がまだまだ未熟者であることも忘れず、今後も勉強を重ねていきたいと思います。
詳細はスタジオレニーのページをご覧ください。

今年はもう一つ目標があります。40歳を超えて目に見えて体力の衰えを感じてきています。精神力はまだまだ20代に負けないと自負しておりますが、やはり体力が基礎になるものです。お蔭様で昨年は忙しい中でも特に風邪を引くでもなく、体調的に安定した一年でした。今年はさらに体力、気力ともに充実して音楽的にもより大きなエネルギーを表現できるよう、体を鍛えたいと思っております。文化系だから・・などとサボっていた享楽的な自分を見直し、残りの人生、最後の瞬間まで多くの方と音楽の喜びを共有できるように心も体も鍛えていきたいと思います。

音楽を演奏者の皆さんと共有するためなら日本全国、どこへでも参ります。頂いた機会を1回1回大切にして、今年も全力で駆け抜けたいと思います。
本年もどうぞ宜しくお願い致します。

2017年1月のご挨拶

あけましておめでとうございます。今年のお正月は大阪・・ではなく、昨年9月に引越しをした兵庫県西宮市で迎えました。(ご報告が遅くなりました。。)自分の名前のせいでしょうか、大阪の桜ノ宮から兵庫の西宮、なにか「宮」に縁が感じられます。次引っ越すのは、どこの「宮」だろう・・神戸三宮・大宮・宇都宮・尾張一宮??と色々妄想してしまいます。写真は西宮市のキャラクター「宮たん」との記念写真!(コスチュームで季節はずれがばれてしまいますが。。)






今年は年明け早々、1月8日(日)に高津市民オーケストラの皆さんとのニューイヤーコンサートがあり、今からとても楽しみであると共に、大変気が引き締まる思いです。中学生の頃、はじめて手に入れたCDが、モーツァルトの「ジュピター」、ベートーヴェンの「運命」、そしてロベルト・シュトルツ指揮のウィンナワルツ集の3枚でした。まだクラシック音楽にハマる前でなにも知らない時期でしたが、「青きドナウ」「酒・女・歌」「春の声」・・次々と展開していくウィンナワルツの楽しさ、明快さ、艶やかさに夢中になりながら、一緒にリコーダーを吹いていたものです。そんな憧れの名曲の数々を、高津市民オーケストラの皆さんとじっくり作り上げて来れた事は至上の喜びです。ご興味のあるかたは是非ご一報下さい。(かなり残席僅少のようです)




今年は、9月3日(日)には大阪市民管弦楽団の皆さんと、憧れの舞台「ザ・シンフォニーホール」で定期演奏会をさせていただくことになりました。曲目はまだ非公開ですが、大変熱い、燃焼プログラムで今からわくわくしております。乞うご期待!!

さらに昨年に引き続き、化学オーケストラ、MFL管弦楽団、響愛学園の皆さんのコンサートもあり、ます。今年も音楽活動を通して多くの素晴らしい音楽、そしてたくさんの素敵な人との出会い、そしてたくさん待っていそうでわくわくしています。昨年は厄年で体調不良や怪我のオンパレードでした。今年も関西と関東、そして名古屋の3拠点の行き来の日々になるかと思いますが、なんとか無事に、健康第一で一年過ごしたいと思っております。

2017年が皆様にとって、穏やかで人々の優しさや温かさに包まれた一年になりますように。

2016年7月のご挨拶

こんにちは。4月・5月・6月、3か月の間更新をせず、大変失礼いたしました。特にホームページを定期的にご覧になってくださってる方々には、ご心配をおかけしてしまい申し訳ありませんでした。次々と新たなレパートリに取り組む幸せな時間もあれば、天候の変化についていけず、風邪が長引いてしまうつらい時期もありました。そうこうしているうち7月で今年も折り返し。梅雨の長雨が過ぎればもう夏。時の流れの速さにはただただ驚かされるばかりです。さらに今月で毎週末東京へ通勤する大阪生活も早くも4年目に突入しました!最初は大阪-東京間の深夜バスでの毎週の往復、いつまで体力が持つかな・・と思ったりもしましたが、まだまだ元気です!関西生活を楽しんでおります。 大阪は、NHK大河ドラマの舞台となって、若干の!?盛り上がりを見せております。


もう随分経ってしまいましたが、3月26日(土)に同志社大学の京田辺キャンパスで、化学オーケストラの皆さんとのコンサートがありました。J.シュトラウスやなかなか演奏の機会のないワルトトイフェルのワルツなど楽しい音楽をとりあげました。日本全国から集まる化学オケの皆さんの日頃の積極的な取組みと集中力のお蔭で、アンサンブルも音楽の内容も充実したものになりました。ご来場下さった皆様、ありがとうございました!

前回の更新から3ヶ月のはずですが、4月の熊本での大震災、5月のオバマ大統領広島訪問、6月の都知事辞任、イギリスのEU脱退、今月は憲法改正の是非が問われる総選挙!と、数多くの印象的、衝撃的なニュースが続き、半年や1年も空けてしまったような感覚があります。特に先月は、2日に母方の祖母が亡くなり、個人的には忘れえぬ月になりました。母方の祖父は私が2歳のときに亡くなり、秋田にいた父方の祖母も小学生のとき亡くなったので、ほとんど思い出がありません。今月亡くなったおばあちゃんは、同居こそしたことがありませんでしたが、同じ東京に住んでいたこともあり、子供の時から色々な思い出を残して下さった唯一の祖父母でした。九州の料亭で育ったおばあちゃんが作る料理は、お出汁も火加減も絶妙で、なんでも感動するほど美味しかったことが思い出されます。病気をした時に作ってくれたおじや、一緒にしてくれたトランプ。何気ないことが思い出に変わるものだと改めて感じました。

おばあちゃんは1921年(大正10年)生まれ、94歳の大往生でした。3ヶ月ですらいろいろなことがあったと感じるのですから、90年を超える月日の経験、ご苦労は、平和な時代にしか知らない自分の想像をはるかに超えるものであったろうと思います。10代、20代を戦中、戦後の最も厳しい時代を生き抜いて、祖父と出会い、母を産み育てて下さったからこそ今の自分がある。そう思うと、とても言葉にできない感謝の気持ちでいっぱいになります。三味線と旅行が大好きだったおばあちゃん。音楽、オーケストラと向き合うと不思議とエネルギーが湧いてくるのも、大阪と東京の間の移動が全く苦にならないのも、もしかしたらおばあちゃんのDNAのお陰かもしれません。幸い、告別式に参列することができたので、お別れと感謝をお伝えすることができました。

祖母の人生に思いを馳せたとき、改めて自分の人生、命は自分だけのものではないと強く感じます。両親が、それぞれの祖父母が、更に遡って多くのご先祖様が、周囲の人と助け合って、病気、災害、戦争、さまざまな苦労を超えて生き抜いて命を繋いできてくれたからこそ、今ある自分の命なのです。このことは、今を生きる全ての人だけでなく、動植物、命あるもの全てに共通で、至極当然のことです。ともすると空気や水の存在のように当たり前に感じてしまいがちです。


これまで40年の人生の中で、病気その他様々な事情で、無念にも早く亡くなってしまった友人が何人もいます。赤ちゃんで亡くなってしまった人の運命をも知っています。そうした人の思いを考えると、今の自分の存在は物凄い奇跡であるに違いないのです。さらに、便利なものであふれ、平和で明日の衣食住に困らない今の生活があることも長い人間の歴史の中で奇跡のような瞬間であると思います。(もちろん国内外問題、個々の問題いろいろあるには違いありませんが・・) 生まれてきたこと、40年生きてこれたこと、好きな音楽に向き合うことができること。自分の存在がどれほどありがたいか。日々の生活や音楽を通して生まれる多くの人との出会い。我ながら本当に幸せな人生だと思います。 一方で、未来の日本、世界を考えると本当に不安になります(自分の未来も常に不安ですが・・)。4人に1人が65歳以上という、歴史上経験したことのない高齢化社会の現代。「今」を担う大人の一人として、無力で至らないことばかりで、申し訳なくさえ感じます。それでも、祖母をはじめ、過去を生きた多くの方が懸命にして下さったように、次世代に向けて自分の使命を全うできるよう、4年目の大阪生活も、一日いちにち、しっかり考えて生き抜いていこうと思います。

2016年3月のご挨拶

こんにちは。異常なほど暖かかった冬も終わり、そのまま春を迎えるのかと思いきや、寒暖差の激しい日が続いていて身の周りでは風邪がはやっているようですが、皆さんいかがお過ごしでしょうか?「三寒四温」昔の人はよく言ったものだと思います。 それでも街を歩くと、梅や沈丁花、こぶしの花が咲き、蝶が飛び始め、春の訪れを色彩や香りで感じられるようになってきました。東京23区内ではなかなか聞くことのできないウグイスの囀りも、こちら大阪では市内の公園で聴くことができます。春はもうすぐそこまで来ていると教えてくれているようです。

2月27日に府中市芸術の森文化センターウィーンホールで行われたMFL管弦楽団の定期演奏会はお蔭様で無事終了し、皆様にご好評をいただきました。メンデルスゾーンの交響曲第3番「スコットランド」は自分にとってとても大切な音楽の一つです。流れを維持しながらも一瞬一瞬で微妙に移ろう切ない表情、優しいニュアンスを大切にしたいと思い、半年練習を進めてまいりました。自分にとって13年ぶり2度目の挑戦、メンデルスゾーンが亡くなった年をはるかに越えてしまいましたが、彼の達した知性的かつ人間味溢れるその境地に少しでも近づきたいという憧れがいっそう強くなりました。ご来場下さった皆様、お力添えを下さったエキストラの皆様、ありがとうございました。




お蔭様で、今月11日に41歳を無事迎えました。フェイスブック等でたくさんのお祝いメッセージを頂きました。ありがとうございます。今年は自分に誕生日プレゼント!ということで、天橋立に日帰りで行ってまいりました。(関西在住ならでは!)中学生のとき、百人一首大会があって、スポーツではかっこいいところを見せることができない自分ははりきって全部覚えたことがありました。その中で、和泉式部の娘、小式部内侍の詠んだ「大江山 いく野の道の 遠ければ  まだふみもみず 天の橋立」という一首は遠い地を憧れる気持ちが伝わってきて妙に心に残り(歌の主題は別にあるのですが)、いつかは訪ねてみたいと思っていました。宮城の松島、広島の宮島は以前訪れたことがあるので、自分にとって「まだふみもみず」最後の日本三景、その景色の雄大さは想像をはるかに超えて見事なものでした。天橋立駅から海上を歩くかのような天橋立の松林の砂洲を3kmほど進み、ケーブルカーに乗って笠松公園へ。(ケーブルカーは車椅子への対応もばっちりで、迅速かつ丁寧な対応をして頂きました!車椅子の方でも安心して観光できます!)



時の流れがゆるやかになったように感じられる穏やかな風景。阿蘇海の美しく静かな水面。その中をまっすぐに伸びる松林の深い緑。えもいわれぬ静かで豊かな風景をいつまでも眺めていたいと思いました。日常のささいなことやエゴにとらわれてしまう自分の心、その穏やかさも広さもかくありたいとしみじみ思いました。平安の御世から訪れた数多くの文人と、1000年の悠久のときを超えて感動を共有していることを実感しました。帰りは観光船に乗って海上から天橋立を満喫!(観光船もちゃんとバリアフリー!)その日は朝から温泉(ホテル北野屋の貸切温泉もバリアフリー!)、昼食はズワイカニも堪能し、心に残る贅沢な至福の一日となりました。(車椅子の方の観光はホントお勧めです!)



今月も最後にコンサートのご案内をさせていただきます。3月26日(土)16-17時、同志社大学京田辺キャンパス恵道館2階201教室にて、化学オーケストラの皆さんと演奏会をいたします。今回は、J.シュトラウス2世のワルツ「ウィーン気質」やワルトトイフェルの「女学生」などの明るく心が躍る音楽が目白押しの楽しいプログラムです。オケのメンバー、そして会場の皆さんと一つになって音楽を楽しみたいと思っています。関西圏内の方、ぜひご来場下さい!

2016年2月のご挨拶

2月とは思えぬほど暖かいが続いてますが、皆様いかがお過ごしでしょうか?ウィンタースポーツや暖房業界の方は、もしかしたら今年の冬は残念な年になってしまったかもしれませんが、車椅子利用者にとってこれほど暖かい、「雪」がない冬はありがたいものです。(東京では2度ほど積雪があったようですが、幸いその日は大阪におりました。)早いもので大阪市内に引っ越しして以来3年ほど経ちますが、地図上積雪の多い日本海側から距離はそれほど離れていないのに、雪がちらつくことはあっても、積もって外出が辛いことは一度もありません。本当に助かります。

まずは、もう今週末に迫っているMFL管弦楽団のコンサートのご案内です。過去には東日本大震災の直後で中止になったり、歴史的な大雪のために開催も危ぶまれるなど様々なことがあったMFL管弦楽団の冬の定期演奏会ですが、今年は天気予報によれば、今のところ天候にも恵まれそうです!。今回はハイドンの交響曲第104番「ロンドン」とメンデルスゾーン交響曲第3番「スコットランド」というふたりの作曲家の最後の交響曲を取り上げます。77歳と当時としては長生きをされた大器晩成型のハイドンと、38歳という若さでこの世を去った早熟の天才メンデルスゾーン。二人の音楽家の人生と魅力が凝縮された2曲をお楽しみいただければ幸いです。(当日、演奏開始前にいつものように聴き所をご紹介させていただきます。)皆様のご来場を心よりお待ち申し上げます。


http://www.concertport.com/artist/concert-data/id/30/http://cpf.concertport.com/flyer/

今月も野鳥のお話をしたいと思うのですが、日本で一番大きな鳥と小さな鳥ってご存知ですか?その両方の鳥と初めて出逢うことができました。日本で一番大きな鳥はオオワシといいます。羽を広げると大きいもので2m50cmにもなります。街中でよく見られるハシブトガラスが羽を広げて1mですから2.5倍にもなります。中学生の頃野鳥図鑑で写真を見てその迫力に憧れていたのですが、主な越冬地は北海道なので、雪の苦手な自分には縁のない鳥だと思っていました。ところが、毎年琵琶湖湖北に1羽、越冬しているオオワシがいることを知り、大阪市内から2時間、レンタサイクルに引かれて(!?)30分、琵琶湖湖畔の山本山で、念願かない観察することができました。



堂々とした姿にほれぼれとします。ちなみに体重はどれくらいだと思われますか?大きな体の割に5~6kgほどです。それでも飛ぶには相当のエネルギーを使うため、1回1回の狩りも命がけなんだそうです。その日は私は飛ぶ雄姿を観察することはできませんでした。

日本一小さい鳥はキクイタダキという鳥で、大阪近郊の公園で初めて観察することができました。全長10cm、羽を広げても15cm、体重3~5gと5円玉や100円玉1枚分の重さほどの鳥です。スズメが全長14.5cm、体重22gですからいかに小さいかお分かりいただけるかと思います。小さいため外敵も多く、一瞬たりともじっとすることがなく、写真に収めるのも一苦労です。




どこにいるかお分かりになりますか?(笑)

大きい鳥も小さい鳥もそれぞれ一つの命、厳しい環境の中、懸命に生きている姿に自分も励まされる思いがします。

2016年1月のご挨拶

あけましておめでとうございます。2015年中は、オーケストラトウキョウ、響愛学園、化学オーケストラ、MFL管弦楽団、オーケストラまごころの皆様と演奏会をさせていただき、大変充実した一年であったと思います。他にも東京・大阪で数多くのオーケストラの皆さんと、リハーサルで音楽作りを共有させていただきました。多く方、オーケストラとの新しい出会い、懐かしい出会いがあり、たくさんのエネルギーを頂きました。音楽との出会い、人との出会いこそが、生きる喜びです。多くの方のご支援のおかげで、2016年も音楽を続けていけることに感謝を忘れず、指揮に取り組んでまいりたいと思います。

先月は、ホノルルで開催された環太平洋国際化学会議のイベントとして、化学オーケストラの皆さんと、コンベンションセンターやロイヤルハワイアンでコンサートをしてまいりました。


環太平洋国際化学会議

日本からだけではなく、ハワイのOahu Civic Orchestraのメンバーの方など多くの方のご協力、サポートを得て学会に参加された皆さんから多くの好評をいただけた楽しいコンサートになりました。リハーサル時間はわずかではありましたが、音楽を始めると、初めてお会いする方々とも、国境・言語の違いも越えて瞬時に心が通じ、ひとつの目標に向かっていける。この楽しさはやはり格別で、指揮をできる幸せをあらためて感じられた非常に貴重な機会となりました。関係者の皆様にこの場を借りて改めて御礼申し上げます。



ハワイでは人生で初めて、「海を楽しむ」ことを体験しました。海を見るのは好きで、車窓から海が見えると子供のようにわくわくする感情があるのですが、海水浴は小学生のとき以来していませんでした。なにしろ車椅子は、砂浜が大の苦手(前輪が砂にすぐ埋まってしまいます)、ようやく波打ち際に寄れたとしても波に翻弄されるばかりでなかなか楽しむことはできませんでした。地球上の約7割を占める海、その海の魅力、美しさを知らなければ人生相当損をしているに違いないと思っていたのですが、40歳にしてようやくこの念願をかなえることができました。旅行会社を通して「イルカと出会えるツアー」に申し込んだときは、どのツアーもすべて車椅子では参加不可能という回答だったのですが、個人的にコンタクトを取り、「ドルフィン&ユー」というツアー会社が参加OKを出してくれました。波の高い日ではありましたが、広々とした景色、透明度の高い海、イルカやウミガメとの出会い。初めてのシュノーケル体験は素晴らしいものでした。その日魚たちに出会うことがなかったので、波の静かなハナウマ湾にも潜りにいきました。(砂浜用の車椅子もレンタルできました)これからは、バードウォッチングに加えて、海の生き物たちとの出会いの魅力にもはまってしまいそうです。いやむしろ、はまってしまおうと思っています!


最後に、先月19日に亡くなられた指揮者のクルト・マズア先生の思い出をお話したいと思います。6年前の12月、私はマズア先生の講習会に参加して、交響曲第4番「イタリア」や「真夏の夜の夢」などメンデルスゾーンについて勉強する幸運を得ることができました。マエストロの「イタリア」は一般的に聞かれるテンポより遥かに遅いのですが、細部にわたるまで神経の通った繊細な音で、息を呑むような美しいppが印象的でした。先生は加齢で常に手が震えておられましたが、指揮台に立たれた途端、小さな呼吸と小さな動きでオーケストラの心をつかんでしまわれる想像を絶するような壮大なエネルギーをお持ちでした。繊細でかつ気性の激しい先生でいらしたのでいろいろと怒られましたが、講習会の後、先生に「君は指揮者としてふさわしいエネルギーを持っている。色んな困難があるだろうが指揮を続けていってほしい」と温かい眼差しでおっしゃっていただいたことは自分の宝です。先生にもうお会いできないことがとても寂しいです。心よりご冥福をお祈りいたします。

来月2月27日(土)に府中の森芸術劇場ウィーンホールでMFL管弦楽団の皆さんとメンデルスゾーンの交響曲第3番を演奏いたします。メンデルスゾーンの響きを聞くたびに懐かしくその当時が思い出されます。今後も、先生に頂いた勇気と覚悟を大切にして、音楽に取り組んでまいりたいと思います。



2015年12月のご挨拶

こんにちは、宮野谷です。今年もはや12月、本当に時の流れを早く感じた一年でした。大阪での住民投票、パリでのテロ、今年もいろんなニュースがありましたが、私にとってはやはり、14年ぶりの「ヤクルトスワローズリーグ優勝!」が一番のニュースでしょうか。

もうひとつ、2015年のしめくくりにふさわしい大きなイベントがこれから控えています。化学オーケストラの皆さんとハワイでコンサートをしてきます。日本化学会の主催する環太平洋国際化学会議のイベントとして、コンベンションセンターで化学オーケストラの皆さんを中心に演奏をしてきます。新年一回目の更新ではその報告をさせていただきたいと思っています。

ご報告が遅くなりましたが、10月は2つのコンサートがありました。
 10月12日には、愛知県尾張一宮市の響愛学園のみなさんと 5周年記念コンサート 「ありがとう そして これからも・・・広めようインクルーシブミュージック」があり、お蔭様で大きな反響をいただいました。さまざまな障害をもったお子さんたちと音楽を作り上げることは自分にとってほとんど初めての体験でした。響愛学園のスタッフの皆さま、地域の音楽活動をされているプロ・アマの演奏家の皆さま、そしてお子さんたちのご家族、皆様の献身的なご協力と思いがあって、ひとつのコンサートになる、とても貴重な経験をさせていただきました。ひとりひとり、障害や出来ることに差はあるけれども、「音楽を楽しみたい」という強い気持ちを持つこと、そしてその気持ちをサポートしたいというスタッフやご両親の気持ちが結集すること、そしてご来場くださったお客様と分かち合うこと、想像を超える大きなエネルギーになりうることを改めて実感しました。これからも響愛学園の皆さんとの音楽作りを自分の使命のひとつとして大切に取り組んでいきたいと思います。




10月24日には、今回ハワイをご一緒する化学オーケストラの皆さんと日経ホールでコンサートがありました。今回はシュランメルンの小品とモーツァルトとハイドンの交響曲という、基本に忠実にやることが大切なプログラムでした。難しいパッセージはゆっくりから丁寧に、ひとつひとつのフレーズのは心を合わせて歌うように、全員で真摯に取り組んできた結果、非常に「音楽的な」演奏が出来たと思っています。オーケストラとしての呼吸やアンサンブルの取り方など、少しずつ自然にできてきていると思います。これからの化学オケの皆さんとの取り組みをとても楽しみにしています。

来週にはハワイ!大学卒業して2年目くらいに友人と一度いったきりで久しぶりで、直前にもかかわらずまだ実感がわきませんが、化学オケの皆さんとの「音楽」を、ハワイの人やさまざまな国の人たちとも分かち合える、こんな幸せな機会はないと思います。楽しんでこようと思います!

2015年9月のご挨拶

こんにちは。ホームページの更新、本当にご無沙汰してしまいました。9月に入ったとたん、やっと涼しい日が続いてほっとしたら、今度は全国的に長雨や大雨、そして大洪水。被災された地域の皆様には心よりお見舞い申し上げます。真夏の倒れてしまいそうなほどの高温、極端な集中豪雨、本当に日本はいつから熱帯のような気候になってしまったのでしょうか。子供時代の気候とは大きく変わってきてしまっているように思います。一日も早い復興をお祈り申し上げます。

大阪も東京も暑くてこの夏はへばっておりましたが、それでも細々と活動しておりました。
8月には、初めて甲子園球場で高校野球を観戦して来ました。私は小学生の頃から野球観戦が好きなので、関西に住んだからには一度入って見たい場所でした。しかし一昨年、大阪ドームでヤクルトー阪神戦を観戦して、四面楚歌、その迫力に圧倒されてしまい、甲子園にプロ野球を見に行く度胸は無くなってしまいました(情けない。。)高校野球ならなにも恐れることは無いはず!高校球児のエネルギーを生で感じて、夏バテ気味の自分に喝を入れようと思った次第です。訪れた日は準々決勝。外野は終日入場無料!車椅子席は内外野とも席数はかなり充実していました。連日の猛暑の中で、幸運にも当日は時折小雨が舞う曇り空。それでも片手にかちわり氷を持っての観戦でしたが夏バテの身には助かりました。試合は早実ー九州国際大付と東海大相模―花咲徳栄の2試合。話題の一年生、清宮選手の2本目のホームランを生で見る事ができました。猛暑の中を勝ち抜いてきた選手、そして全力で応援を続けるブラスバンドやチアリーダー。非情なまでの勝負の結果。全力でぶつかるまぶしさを感じずに入られませんでした。



来月本番を迎えるコンサートを2つ、ご案内をさせていただきたいと思います。

10月12日(祝)、愛知県一宮市で、「響愛学園 5周年記念コンサート」が催されます。響愛学園は、なんらかの障害をもった子供たちや大人の方、そして健常者の方も一緒になって、音楽やアートを通して輝いていくことを目指して活動されているNPO法人です。私は自分が障害をもって育った身として、音楽のもつ喜びや癒しを実感し、エネルギーにして生きてきました。障害をもつ人だからこそ、困難があったからこそ、持ちえた感性、表現したいという思い、エネルギーがあると私は信じています。指揮者を目指した頃から、そうしたエネルギーを結集するような音楽を実現する事が夢でした。夢をかなえるための確かな一歩となるよう、しっかり取り組んでいきたいと思っております。

もう一つは 10月24日(土)、日経ホールで行われる千代田区文化芸術の秋フェスティバルでの化学オーケストラのコンサートです。化学オケの指揮をさせていただいてまだ2年ほどですが、メンバーの皆さんの着実な進歩によって日に日に音楽的対話が少しずつできてきて、嬉しく思っています。普段は化学業界のプロフェッショナルとしてご活躍されている団員の方々の、音楽への熱意が本当に素晴らしく、全てのパートが「歌う」音楽を目指してがんばっています。あとひと月でどこまで仕上がっていくか楽しみです。

 高校球児が一致団結して一球一球に青春の全てをかけて取り組む姿をみて、改めて自分も、本番、リハーサルの一瞬、一瞬を、オーケストラのメンバーと心を一つにして、一音一音大切にかつ全力で取り組んでいこうと思いました。ご来場頂ければ幸甚です。どうぞ宜しくお願い致します。

2015年5月のご挨拶

こんにちは!5月になっていきなり温かく、いや暑くなりました。みなさん、いかがお過ごしでしょうか?まず、40歳になって最初の4月の更新を早速スキップしてしまったうえに、もう5月も残すところあと数日・・・。ということは2015年も折り返しまであとわずか。なんと月日が経つのは早いのでしょう。ご無沙汰してしまった期間の報告をしたいとおもいます。

まずは、3月末の化学オーケストラの本番(もうずいぶん昔のような感覚ですが)、敬愛するベートーヴェンの交響曲第1番、大好きなJ.シュトラウスの「南国のバラ」、「トリッチ、トラッチ・ポルカ」という贅沢なプログラムで、とても幸せな時間を頂きました。日本各地から集まって演奏する団体で、完全に全員揃うのは本番だけという厳しい条件の中ですが、皆さんの日頃の熱心な練習と、本番の集中力がしっかり実を結んだ本番になったと思います。

 4月は大阪での2度目の春ということで、去年行った「造幣局の桜の通り抜け」を越える花見をしたいと思い、吉野の千本桜に行ってきました。事前に本やインターネットで調べたら、道も舗装されていて車椅子でも楽にお花見ができるということだったので、なんとかなるさ・・と心積もりもなしに行きました。私が行った時は中千本が満開を迎えて数日経った日でした。吉野駅前から山上まで行くロープウェイは日本最古というだけあって、車椅子への対応が全くなく、地図上で見て徒歩で登ろうかと思っていた七曲坂は舗装も微妙な上にものすごい傾斜で、やむなくバスに乗って中腹まで一気に上がって下りながら桜を楽しむことにしました。しかし、私は山を甘く見ておりました・・・。下山しながらなら、登るよりずっと楽にお花見できると思っていたのですが、下るにしても想像を超える傾斜、しかも永遠と続くかのような道。自動車は通るし、たくさんの花見客。中千本から駅に戻る頃にはサポートしてくれた相方共々、へとへとになってしまいました。それでも、大阪に住んだからこそ、サポートがあるからこそ見ることができた吉野の桜。西行法師の昔から、日本一の桜の名所というだけあって、山ごと桜色に染まる景色は圧倒的でした。



この春は、趣味であるバードウォッチングも楽しむことができました。日野や立川から大阪市内に引っ越してきた当初は街中で見かける鳥が少ないと嘆いていたのに、今や大阪城公園に訪れる野鳥の種類の多さにはただただ驚くばかりです。3月のヒレンジャクに続き、4月にはオオルリ、キビタキ、コルリ、今月に入ってからサンコウチョウ!と中学生の時に図鑑で見て憧れていた鳥に次々と出会うことができました。5月末からは火の鳥とも言われる赤い鳥、アカショウビンも来ることがあるそうです。ほんとに奇跡のような都市公園だと思います。



今年は10月にコンサートを振らせていただく予定です。詳細が決定し次第、皆様にご案内させていただきます。