2004年7月のご挨拶

いよいよ、暑い夏がやってきました。もう30回近く夏を迎えているはずなのに、「夏とはこんなにも暑いものだったかな...」と思ってしまいます。体温調節がうまくいかない私は、クーラーを発明してくれた人に感謝しなければいけない日が続いています。

夏 になると、私は毎年、小中学校時代を過ごした地、文京区の千駄木に無性に帰りたくなります。その当時の友達も年を重ねるごとに減って、行く度ごとに淋しさ も覚えるのですが、当時住んでいた家。今はもうなくなってしまいましたが、近所のたたずまいは今も変わっていません。そして毎日通った学校までの道のぬく もり。車椅子で通っていたので、道の傾斜すら懐かしく感じます。そして小学校、中学校。商店街の雰囲気。坂の上からの眺め。中学校を卒業して、15歳のと き高校の近くへ引っ越したので、あれから14年。自分の原点に帰るたびに、安心感と前に進む勇気をもらっています。

実は音楽も、似たような ことがあります。なじみのない人にとってはただ長いと感じられるクラシック音楽も、ほとんどの場合、原点に帰ってくる瞬間があるのです。例えば、交響曲な どでも多く用いられるソナタ形式。冒頭で印象的に歌われた部分(提示部)が紆余曲折(展開部)を経て、必ずもう一度戻ってきます(再現部)。人それぞれ、 音楽の味わい方があると思いますが、私はこの再現部に戻ってくる瞬間が言葉では言い尽くせないほど、その音楽ごとに深い感動を覚えます。無論、銀行の キャッシュサービスの機械のようにただ同じことを何回も言われるのでは、感動をするはずもありません。帰ってくるまでの紆余曲折の過程が劇的であればある ほど、冒頭のテーマが戻ってきたとき、深い感動を覚えるのです。これは、作曲家それぞれが最も苦心し、工夫を重ねた部分の一つだと私は考えるので、いかに この「回帰」を深く表現できるか演奏では心がけています。音楽を聴くときの、一つのポイントとして耳をそばだてていただければ幸いです。

今年の夏、(といっても8月・9月になりそうですが)千駄木に帰ったとき、自分の中に何を見つけられるのか、楽しみです。